宮崎県 注文住宅のアイ・ホーム株式会社

アイ・ホーム家づくりブログ 我が輩はごい犬ばん

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最期まで居住可能か?

 アメリカ:ミシガン大学看護学部のシェリア・ロビンソン助教授の調査で、50~80代までの成人2077人を対象に聞き取りを行ったところ、多くの人が「自宅で尊厳のある終末を迎えたい」と希望する一方で、台所、トイレなど、寝室を含めて居住可能と答えた人は34%だったとのこと。

アメリカは靴を履いて暮す生活様式だが、日本では玄関で靴を脱いで暮らしますので、もっと少ない数字になりそうです。

 移動するにも狭い廊下やドア幅など、ほぼ全てが居住不能かも知れません。2階建ても段差がネックと言えます。

 生活に必要なトイレは?入浴は?食事は?寝室は?玄関からの段差は?設計時にあらかじめ配慮することで、まったく心配しなくても良い家づくりが可能です。

台風後の涼しい草刈り

この道の草、ずーっと向こうまで除草しました

 花山手の草刈りです。午前8:30分、作業開始、温度高くだんだん晴れて、計画通りにはゆきません。敷地前のレンガのところにも草が伸びていました。幸い近くで草刈りをされていて、音が盛大に響いていましたので、こちらもガンガン草刈りです。友人の宮本君に手伝ってもらいました。

 レンガ道は隣接地前も、その向こうまで草刈りして、ご近所さんが「あら、誰が草をとってくれたのかな、アイ・ホームさんかな、サスが!」と思われるように。

 上着が変わっていますが、風が抜けて涼しくなるジャケットを用意していたので、着用。残念ながら、草刈り機の背負うテープで首元が押され風が首のところから抜けず、効果は半減でした。

撮影は奥様でした。

 周囲の草が敷地から落ちないように上にカキ上げて、今日は終了。木曜日には浜口君に搬出をお願いしました。道具の用意、車にはシートが必要となります。

親御さんも楽しみにされて?

 この度、都城でお引渡しさせて戴いたお客様のお父様が来社されました。大手の建設会社にお勤めの方です。

 大型の施設や土木などを手掛けられている会社の重役さんなのです。娘さん達の家は木造で! アイ・ホームで!

ご選択下さいました。

「これから暑くなりますので一等暑い日に行って一泊してみようかな」と言われていました。

 同様のケースですが、昭和生まれの親御さんは、何につけても辛抱ということで、贅沢はせず、子供達の幸せの為に生きて来られました。

 援助してほしいと言われれば、様々な援助をされて、子供達の新築に際しても金銭的贈与をされていました。

 ところが、なのです。その子供さんの家にお泊りになられてから、少し考えが変わったということでした。

 子供達の為、孫の為と辛抱して来たのだけれども、マッハシステムの家に泊まったら、自分達の暮しが残念な状態だということに改めて気が付いてしまわれたのでした。

 

アイ・ホームでは、こうした古い家の温熱改修も行っております。

「今度は自分達の幸せの為にアイ・ホームが頑張ってくれるかな?」

 

「Yes I Do !」

車イスのパンクは?

 明照福祉会様に車イスを贈呈したのですが、そのうちの一台のタイヤがパンクしていました。この一台は新品ではなく、身内の筋ジストロフィーで亡くなった姪子が使っていたものでした。

 修理を近くの岩切自転車屋さんにお願いしたところ、さっそく直してくださいました。その上、修理代は不要とのことで、ビックリ。有難うございました。明照さんが使ってくださるとのことで、きちんと整備してお渡しできそうです。

 自立できるように、他人様に負担をおかけしないように頑張ることが潔い生き方だと、一般的にそう思われています。ところが社会の仕組みこそが様々な役割を担う人々によって支えられ運用されていますので、多くの方々のお陰で安心安全に生きることが出来ているのが現実です。

 いつの日か、身体が不自由になれば明照さんの養護施設にお世話になることもあるかもしれません。その時、この車イスに乗せられたとしたらと考えてみました。

アルかな?アル、アル!

ということで、今後はこの車イスに助けられることになるかもしれませんね。

住み替わる、替わらない世?

 私の住んでいた高鍋町の駅前周辺では空き家が目に見えて増えています。子供の頃は、多くの腕白達が走り回っていたのですが、駅周辺には子供は住んでいないようです。

 お祭の存続も危ぶまれています。世話役の老人は皆私の同級生かその兄弟のようで、時々老朽化した神社の修理依頼が来ます。修理費用は予算がある程でやらせて戴きます。職人さん達には無理は言えませんが、皆さん協力的でありがたいことです。

 「20年後はどうなっているかね?」と級友に問えば「お寺さんは後継ぎがいるが、あとAさんの家には引きこもりの若い人がいるのでその頃は2,3軒になっているかも」とのこと。

 これは松尾芭蕉が東北へ旅に出る時に詠んだ句です。草に埋もれる自分の家を売り、旅に出る芭蕉がふと通りかかった旧宅には既に若い夫婦が住み、雛人形がかざられている、幼子は女の子がいるのだろう・・・という情景なのだとか。

 人の住まなくなった高鍋の家々は解体されたり、朽ちて屋根が陥没したり、庭には草木が繁茂しています。この家々を立ち去った方々は今どのように暮らしておられるのでしょうか。

「寛ちゃん、俺週休2日にしようかな」

 

「この頃は皆、週休2日じゃが、腰が曲がっちょるが、もう少し休んでもいっちゃね!」

 

「来年からにしようかな・・・75歳になってからにしようかな・・・」

 

人口減少地区で生き残るのは大変そうです。

 

「75になっても来るかい、元気にしちょらんといかんね!」

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