杉木立
いつも、その坂を登るとき、私の顔は左向きだ。
山際に一群の杉木立。そこには一軒の家があるはずで、今は大きくなった木立に隠れて見えなくなっている。
その家にはM君という同級生が住んでいた。
M君は、その後、神学校に進み、今では鹿児島で牧師となっている。
偶(たま)に車で延岡方面に北上する時、車窓から、この杉木立を見ることになる。すると、なんとなく、いや確実にこの思い出のページに手をかけて、ゆっくり捲りはじめている自分に気付くのである。
M君の父上は、軍人として生まれついたような人で、戦後県庁に奉職されたが、机の傍らには木刀が置かれているような話だった。
生きておられればずい分なお年だろうし、あの杉木立の繁茂の様子では、もうお住まいでないのではないかと、いつもここらで思考はとぎれて、あのいかめしいお顔を思い出し、次いで無沙汰の続くM君のことを思い出したりしていた。
先日、パソコンをいじりながら思いついてM君の名前を入れてみた。次いで鹿児島市、教会と入力し、検索してみるとはたして、M君とその活躍を偲ばせる教会の情報が現われた。
画面上に懐かしい面影を捜したが、歳月のフィルターを取り去る術もなく、そのうちそれらしい人物が、あの父上に似た相貌であることにようやく気が付いた次第。
久しぶりに会う機会までそう遠くはなかった。思い切って連絡をすると、一度声を耳にしただけで、それが誰かを確実に判別出来た。
声は顔程には老けないということか。
「禿(は)げてはいない!」
これがM夫人の第一声だった。お生憎様、我が一族は年を取っても髪はフサフサ。神様は一族に、並み外れた天賦の才は与えなかったが、唯一、フサフサの髪を与え給うた。
ところでM君は、前額上方の生えぎわに山形の広がりを認めるも、やはりフサフサの一族であるらしく、M夫人の誇りも斯くやあらんと思われる。フサフサ頭により大人(たいじん)の風格。牧師らしい落ち着きを漂わせ、今日を築いた努力を偲ばせた。
そうして、何も変わらないあの日のような友情。あのいかめしかった父上に似てはいるが、父上よりは優しい表情の牧師M君は「あの父が既に亡いこと」を話しながら、母上は宮崎市内の介護施設にいらっしゃることを教えてくれた。
3時間の再会でした。
「また会いたいね。そうして、あの日のように、また遊ぼうねM君。」