舞台などで役者の演技を際立たせるときに「スポットライト」を用います。周囲より明るく照らし出された舞台の片隅にこれから語りだされる役者が放つ心の叫びは低く細い声なのに、見る者を、聞くものの意識を、研ぎ澄まさせる効果を発揮させるのがスポットライトです。
その日、私共一行はジャパンホームショーを見学し、宴会場に向かうバスに乗車していました。季節はようやく日没が遅くなってきた3月中旬のことです。
夕刻の帰宅ラッシュに巻き込まれバスは遅々として進みません。公共工事の現場も近く、東京の片隅には長い車列が続いていました。
やれやれと手元の本など見ていましたが、随分時間が経過したのに車は少しずつしか進んでいません。ふと外に目をやると、先ごろまで明るかった街はすっかり日が落ちて、今少しの日没の残光の中に道沿いの商店には全て明かりが灯っていました。周りが明るいうちには、室内まで見通せないものですが、照明の力でその室内の様子がよく見渡せました。バスという乗り物は、乗車位置が高くなっています。道を歩いていては覗(のぞ)けないところまで、覗き見るがごとくくっきりと見えていました。その中の一軒のブティックに私の目は吸い寄せられてしまいました。
夜の照明に輝々と照らされて、そのブティック中に2匹のワンちゃんと一人の女主人が見えていました。私が犬好きということもあり、つい注目してしまいましたが、中の女主人はせっせと注文を受けたらしい衣類を得意のミシンを使って仕立ての最中のようでした。
近くには一匹のミニチュアダックスフント。縫製の打ち合わせでお客様が腰掛けるだろうソファーに、大人しく伏せています。ふかふかの敷物をもらって、そこがこのワンちゃんの定位置なのでしょう。
もう一匹の大型犬のラブラドールは小さな石油ストーブの傍(かたわ)らに、こちらもゆったりと体を伏せていました。
どっちの犬も、働く女主人の方へ頭を向けているようでした。
その充実した仕事ぶりは、まるでスポットライトを浴びた舞台上の登場人物のようで、見守る2匹の犬はまるで共演者でした。
誰よりも勝れた技量、見込まれて依頼された顧客のための晴れ着を、心を込めて縫製する。やらされて働くのではなく、働く喜びと誇りに満ちた時間がそこにはあるようでした。