薪を焚く風呂は、現代では火災保険料が高く、新築時にこれを選択されるお施主様はいなくなりました。それでも約30年程前までは、薪は燃えた後も残り火で温かいとのことで、たまに造らせて戴いたものです。それでも皆さん程なく、ガスか電気に切り替えられたようでした。
さて、昔の暖房のほとんどが姿を消してゆく中、暖炉だけは特別な人気を誇り、今では様々なデザインで、しかも燃焼方式にも工夫が様々に加えられ利用者の憧れともなっています。
遠赤外線と大量発熱
暖炉は、薪の燃焼熱を金属の炉や煙突のダクトに受けて、これを放熱することで暖房します。
輻射熱エネルギーがそこから部屋全体に広がって、部屋が寒い程、この大量発熱は心地良い熱の伝播となります。
この家は吹き抜け空間に暖炉を配置、1階の床面から2階の吹抜け天井まで金属製の煙突から輻射熱が部屋いっぱいに広がる設計となっています。人も犬も、暖炉を中心に輪になって温められ、癒される様は、太古の記憶につながっているのかもしれません。
どうぞ火の近くに
冬は、どの季節よりも、室内で住生活をじっくりと味わう時間が充実しているように思えます。
冬の一番のおもてなしは、温かいだけで幸せになる「どうぞ火の近くに寄って下さい」。
自らは、炎の影になっても、周りの人を気遣うおもてなしの言葉です。心まで温まる。
暖炉の炎は、薪の燃える音、匂い、色、光、全てが今という時を豊かに彩るエネルギーに満ちている。形ある一本の薪が、音を立てゆっくりと燃え、やがて灰となる。戸外の木々を揺らす木枯らしの音を聞きながらまた一本薪を焼べて温まる。
遠来の客を、自宅の風呂でもてなすことは亭主の喜びでもあった昔。「家族同様のもてなし」ということで、冬の夜、雨の降る道を遠路訪ねて下さったお客様を、せめて温かなお湯でおもてなしする。湯加減を見て、「どうぞ」とお湯をすすめる。やがて客は「ホッ」と湯船に漬かりながら戸外に雨音を聞いていると下駄の音が近づいて来る。しばらくすると焚口を開ける音がして
「湯加減は如何ですか」との声がする。「いい按配です」と応えると「ゆっくり温まって下さい」と言う。
やがて焚口を閉める音がして「一本焼べておきました」と亭主はいい、下駄の音は遠ざかってゆく。
こうしたやり取りの後お客は、今しがた投入された一本の薪が燃え上がり、じんわりと温かさが湯船に湧き上がる様をしみじみと味わうのである。
そのようなことを水上勉先生が書いていたようなので、今さらながら、便利すぎる時代となって、この「一本の薪」の力を想像しなければならないことに気付いた。
人類に火を与えたというプロメテウスが現代の暮しを見ると何と言うでしょうか。人と火の距離は、まさにアウンの呼吸と言ってよい近さだったのが昔。今は「マッチ」すら見たことのない子供達が多くなっているようです。それでも今の人の「暖炉愛」だけは良しとしてくれるにちがいない。
暖炉愛を形にして
住まいのデザインは多様性によって命を吹き込まれます。暖炉愛を吹き込まれたこのお住まいは、いつまでもあたたかな炎を燃やし続けてゆくことでしょう。