テレビの中はもっと熱い
サウナの中にガッシリとした体格の老人が腰をかがめながら入って来た。
するといきなりペタンと段々になった板の上に腰掛けた。ルール違反である。
何か敷物をして座るべきで、清潔を旨とする我らがサウナがと見ていると、横にいた学生が話し掛けた。
「監督、サウナ好きなんですか」(暗にその無作法の原因を探っての質問)
「否、好きな訳じゃないけど」
「気を付けて下さいよ、こんな所で倒れたら大変なんだから」
「大丈夫、大丈夫、でもわかんないよな、5年ぐらい前、○○大学の○○監督、遠征先で倒れて死んじゃったも んな」
「夜、暇を見て気晴らしにパチンコに行ってたら、横で突然倒れちゃって、あの人デカイし、大変さ・・・」
「監督、他人事じゃないんだから」
監督の回りに5、6人の若者がいたが、その内の一人がつと立ち上がって外へ出た。そうして、サウナ用の敷物を掴んで帰って来た。
「監督、熱いでしょ」と差し出した。
「いや、熱くない」と監督はそれを脇に置いた。
せっかく若者が、我らが監督の為に「マナーの敷物を運んでくれたのに」。
でも熱いにきまってる。強がってるその姿は妙に可愛い。ガッシリはしているけれど衰えは隠せない、なにしろ裸のおつきあい。好きでもないサウナに何故監督は?
私も学生さんも気付いていた。「監督、な~んか淋しかったんだろ」
そうして今時の若者がぶっきらぼうな口利きだが、先輩を気遣って、マナーの「敷物」を運んでくれたりと、ほのぼのと楽しい気分になった。
3月、今年もあの学生たちが合宿に来ていた。
温泉のサウナの中に若者が満ち、年配者の中に昨年より若いコーチらしい人が混っている。何やら熱心にテレビを見ている。
内容は、子供の頃不遇だった女性が困難の中で培(つちか)った接客術を活かしたスーパーバイザーとしての活躍を描いていた。
主人公の女性は「笑顔」「強制しない接客」「気配り」「工夫」「行動力」について語り、実際にある店舗の社員と一緒になって働いていた。
「いいこと言うよなー、勉強になる」
「ですよね」
「でも俺、熱くなって来て、出ると見れないし」
「ほんと、でもテレビの方がもっと熱いよ」
笑い声がサウナ室に広がった。
折を見て、コーチは熱いサウナ室から飛び出て行った。
我慢も限界だったのだろうと思っていると、再び戻って来た。
テレビでは、いよいよ指導の成果が発表されていた。
スーパーマーケットの営業時間終了後、店員さんは主人公の女性の回りに集まった。
「皆さん、売り上げ目標の20%アップは実現できたでしょうか、発表して下さい。」
何と300%アップだったか?驚く程の成果となっていた。
来店客へのインタビューでは「接客が素晴らしかった」が最も多い感想となっていた。
ちなみに、お客様から「まだでしょうか」と問われた時、「少し待って下さい」と応じるより、「少しお待ち戴いてよろしいでしょうか」と答えた方が同意を得やすいとのこと。
学生も、コーチも、そうして我慢してテレビに向かっていた私も、身も心も熱い共同研修所と化したサウナ室。
「テレビの中はもっと熱い」と言ったコーチと学生さん達、また来年も来てほしいものです。
一緒のサウナが楽しみですね。